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vol.3 皆川 賢太郎 × 新潟スノーファンクラブ

春スキーの思い出といえば「家族」。
青空の下のゲレンデで食べた、
おにぎりの味。

これから春スキーのシーズンに入っていきますが、皆川さんにとって春スキーの思い出はありますか?

僕にとって春スキーの思い出といえば「家族スキー」ですね。
実家が苗場でペンションを経営していたので、冬のトップシーズンはなかなか家族みんなでは行けなくて。
春になってお客さんも落ちついてきた頃に、父、母、姉、僕の4人で、おにぎりとお茶を持って滑りに行きましたね。
ゲレンデの頂上で食べたおにぎりがおいしかったですね。

春スキーの魅力って、ずばり何ですか?

やはり暖かいことですよね。1月〜2月のトップシーズンだと、寒いし、吹雪くこともあるじゃないですか。
春スキーは雨が降ることはあっても、全く寒くない。天気のいい日には野外で食事をしたり、おしゃべりを楽しんだり。
それが春スキーの醍醐味だと思いますね。

春になるとゲレンデバーベキューができるスキー場もありますもんね。
 競技やお仕事以外で、プライベートでも滑りますか?

それなりには滑っていますね。週のうち3日は雪の上にいます。知り合いの人達と一 緒だったりとか、 大会を運営したりとか、ほどよく満喫していますよ。

スノーボードも楽しんだりするんですか?

やりますよ。普通に滑れるくらいですけど。初めての時は転びまくっちゃって(笑)。ナイターでこっそり練習しましたね(笑)。

皆川さんといえば苗場スキー場がホームゲレンデだと思うのですが、他の新潟県内のスキー場にも行きますか?

妙高の赤倉温泉スキー場は相当行きましたね。歴史のあるスキー場なので、幅が広く設定されているんですよ。
昔はレギュレーションが異なっていたので、今はそんなコースは作れない。急斜面も緩斜面もあって楽しいですね。
湯沢のほうだと、石打丸山はコブが有名だし……。最近は舞子も好きですね。バックカントリーの雰囲気が楽しめて。

長年アルペン競技の第一人者として素晴らしい成績を残してきた皆川さんですが、そもそもスキーとの出会いは?

僕は父親が競輪選手で、稼いだ賞金でペンションを作るっていうのが夢だったんですよ。
それで、苗場スキー場近くにペンションを建てて、僕はそこに生まれました。ですから気付いた時にはもう雪の上に立っていました。

そこから競技の中に入っていって、どのようなステップでトップ選手まで上り詰めたんですか?

苗場スキー場は、昨年アルペンスキーのワールドカップを開催しましたけど、41年前に開催した時の会場でもあったので、自然とアルペンスキーをやるようになりました。

周りにはたくさん上手い子がいましたし、近所のお兄ちゃんお姉ちゃんも、みんなスキーをやっていたので、子どもの頃は「あのお兄ちゃんに勝ちたいな〜」とか思っていました。僕には姉がいたので、「姉にはタイムレースでは絶対に負けない」とか、身近なライバルがいたので、自然とステップアップしていった感じですね。

そしてちょっと上手い子達はそのままジュニアというか、クラブチームに入って、競技の世界に自然と入っていく……という環境でした。
17才でプロになるまでは、ただただスキーが楽しくて滑っていましたね。

でも、小学校2年生の時の新聞の切り抜きがあって、新潟日報だったんですけど、「将来の夢は何ですか?」っていう質問に、「オリンピック選手になりたいです」って答えてるんですよね。僕も覚えてないんですけど、その時すでにそう思ってたみたいですね。

つらい、辞めたい、と思ったことはありませんでしたか?

ありました、ありました(笑)。中学校2〜3年生の時ですね。放課後、僕はスキーの練習をしなきゃいけないと思っていて。
他のみんなが遊びに行くのがうらやましくて、やめたいなと思った時はありましたよ(笑)。

でも、乗り越えられた。その原点は何だったんですか?

小学校6年生の時、オーストリアの大会に出たんですよ。その時に一緒に滑った男の子たちが、とにかく異常なまでに上手くて。僕も湯沢や魚沼の中では早かったほうなのに、全然通用しなくて。彼らは後の、トリノオリンピック金メダリストと銅メダリストなんですけど、「世界にはこんなスゴイ人がいるんだ」と思う経験をしました。

そこから世界に出るためには、プロになるにはどうしたらいいかを考え始めました。
「みんなは授業を真面目に受けているのに、僕はサボっていたから勉強ができない」「人に与えられた時間は一日24時間、一年で365日しかない。みんなは勉強に使っているから、僕はスキーに全力で使おう」って思うようになって。「そのくらいしないと彼らには勝てない」と、徐々に自覚が育っていきましたね。

今、子どもたちにスキーを教えたい、滑れるようになってほしいと思っている親御さんも多いと思うんですが、まずはどのように教えるのがいいでしょうか?

早めに始めるのが一番いいですね。大人になって、「子どもの時に1〜2回滑ったことがあります」っていう人は、ブランクが何十年あってもすぐに滑れるようになるんですよ。でも、全くやったことがないっていう人は、滑れるようになるまで時間がかかる。

リフトなんか乗らなくてもOKです。ちょっと坂を登って、そこを滑るだけ。「ああ、こんな感覚なんだ〜」って身体に覚えさせること。だんだん慣れてくると、怖いとも何とも思わなくなりますよ。

スキーを始めるのに適した年齢というのはあるんでしょうか?

僕は3才から始めましたけど……。子どもが自分で立てて、怖くなければ、何歳でもいいと思いますね。
自分でシュッと滑って止まれるくらい、もしくは親がキャッチするくらいでもいいと思います。

というのは、「滑る」「落下する」っていう物理的な感覚を覚えるのは、絶対音感と同じでなるべく早い方がいいと思うんですよね。
子どもの時って恐怖心があまりないし、まっすぐ行けたらただ楽しいじゃないですか。

まずはやらせてみる、というのが大事なんですね。

そうですね。大人になると頭で色々と考えちゃうじゃないですか。小さい頃に滑ったことのない人は感覚がわからないんで、怖くてしょうがないんですよ。

子どものスキーやスノボ、道具選びのポイントはありますか?

こだわらなくていいと思います。僕も長靴で履けるプラスチックスキーからでしたし、子どもの頃もガッチリといいギアではなかったですよ。

スキー板はやはり身長にぴったりのものがいいんでしょうか。子どもは成長が早いので…。

確かに身長と同じくらいの板を選んであげるのが一番いいと思います。でも、ある程度成長するまでは、スキー板は短くても滑れますよ。
例えば小学生くらいだとしたら、その時の身長で選んでも、まあ伸びて10センチとか15センチ程度じゃないですか。その位であれば短くてもいいと思うんですよ。中学生や高校生になったら、本当に大きくなるんで、その時に買い換えるといいですね。

僕は98年の長野オリンピックの時は200cmのスキーを履いてましたが、今は165cmを履いてますからね(笑)。

途中で嫌になっちゃった、行き詰まっちゃったっていう人に、アドバイスはありますか?

子どもだったら「パンダルマン」って言って、音を鳴らしたり、トンネルをくぐったり、ゲーム感覚で滑っているうちに基礎的な技術が身に付くコースがあるんですよ。

中学生以上や大人の場合は、スキースクールに入るのがいいんじゃないでしょうか。自己流のままだと時間がかかっちゃってもったいないですよね。そこからのステップアップの仕方が分からなくなっちゃうし。

今のスキーはよく曲がるように進化しているので、滑るための「原理」「仕組み」さえ分かれば、かなり滑れるようになりますよ。スクールって、ハードルが高そうに感じますけど、先生が一人ひとりの滑りを見て、「ここはこうしたほうがいい」って教えてくれますから。

最後に、ウインタースポーツを子どもの頃からやってきて、これはよかったな、今に活きているな、って感じることはありますか?

僕は新潟の雪深い中に生まれて育ったけれど、子どもの頃は寒いし、雪かきは面倒だし、濡れるし……吹雪の中で滑るのも嫌でしたよ(笑)。でも大人になって、世界中をいろいろ回っていると、四季の変化がそんなにない国の方が多いってことを知ったんです。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬には雪が降って白銀の世界になる……それって素晴らしいことだなって気が付いたんです。

例えば都会の子どもが、コンクリートジャングルの中で、決められた時間に勉強して帰るだけの毎日で、旅行も行かず、海も行かずに育ったとしたら……その子って感受性もないと思うんですよね。歌の歌詞を聴いた時に、想像できる景色も浮かばないだろうし。

豊かな感性を育てるって大事ですよね。大人になってからでも遅くないですよね。

雪なんて1年の中でたかだか3ヶ月くらいしかないんで、満喫した方がいいと思うんですよね。新潟にはまだまだ雪はたっぷりありますから、春スキーを楽しみましょう!

Hilcrhyme

皆川賢太郎さんのプロフィール

1977年生まれ、湯沢町出身。
ワールドカップでは第1シード入り(トップ15名)を果たし、オリンピックは4大会連続出場。
トリノオリンピックでは4位に入賞し、50年ぶりの日本人入賞という快挙を果たす。
現在はプロスキーヤーとしての活動のほか、全日本スキー連盟常務理事に就任し、ワールドカップ苗場湯沢大会の誘致・運営に尽力するなど、スキー文化の活性化と次世代アスリートの育成に力を注いでいる。

インタビュー内で紹介されたスキー場

 

vol.2 Hilcrhme

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