
名前 レルヒさん
年齢 1??歳(非公表)
身長・体重・スリーサイズ 状況により変動
略歴プレスブルグ(現在のスロバキア首都)生まれ日本の国力の調査研究のためにという名目で来日したが、なぜかウインターレジャーの活性化のために一肌脱ぐことに。(おだてられてついつい引き受けてしまった、という話も)
性格・常に何かを企んでいるが、基本的にお人よし
・やや照れ屋だが、おだてられると調子に乗る一面も
・女性には弱い
・子ども好き
・教えたがりでおせっかい
・スキーは上手だがやや本番に弱い傾向も
好きなもの・けんしん焼き
くびき野地域では「けんさん焼き」のことを「けんしん焼き」という 一種の焼きおにぎり
・ブリンゾヴェー・ハルシュキ
スロバキアの名物 小麦粉とじゃがいものニョッキに羊チーズのソースをかけて、焼いたベーコンを散らしたもの
・笹団子
・ワイン(あまり強くはない)
・ウインナコーヒー
・温泉
嫌いなもの・水泳泳げない
・犬怖い
・高いところリフトはちょっと怖い
レルヒ少佐と日本のスキーのはじまり1869年(明治2年)、オーストリア・ハンガリー帝国(当時)のプレスブルグに生まれました。1910年(明治43年)に、訪日し、翌年高田町(現・上越市)の長岡外史師団長が率いる陸軍13師団に赴任しました。陸軍省を通じてレルヒがスキーの名手であることを知った長岡外史師団長は、1902年(明治35年)に多くの犠牲者が出た八甲田山雪中行軍の教訓もあり、レルヒにスキーの指導を積極的に働きかけました。その結果、1911年 (明治44年)1月12日、「mettez les skis!(スキーを履きなさい)」とのかけ声とともに、日本で初めての組織的なスキー指導が行われました。これが、日本のスキーの始まりです。わずか1ヵ月後には、日本最初のスキークラブ『高田スキー倶楽部」が発足し、全国の雪深い地域へスキーが伝わっていきました。